【獣医師が解説】犬の心臓血管肉腫:早期発見のために知っておきたいこと
こんにちは。
サークルどうぶつ病院五条、院長の小川修平です。
今回は、ワンちゃんの心臓に発生する腫瘍の中で、一般的でありながら、非常に注意が必要な「心臓血管肉腫」について解説します。
心臓の腫瘍は、ある日突然、命に関わる事態(心タンポナーデなど)を引き起こすことがあります。
ご家族に知っておいていただきたい知識をまとめました。
1. 心臓血管肉腫とは?
心臓血管肉腫は、心臓にできる腫瘍の中で最も多く、その割合は35~69%にのぼると報告されています。
血管の内皮細胞から発生する悪性腫瘍で、非常に進行が早く、転移しやすいのが特徴です。
- 発生年齢: 中〜高齢(5~16歳)に多く見られます。
- 注意が必要な犬種:
- 世界的には:ゴールデン・レトリーバー、ジャーマン・シェパード、ラブラドール・レトリーバー
- 日本国内の傾向: ゴールデンに次いで、マルチーズ、ミニチュア・ダックスフンドでの発生も多く報告されています。これらの犬種のご家族は、特に注意が必要です。
2. 気づきにくいサインと「急な嘔吐」
心臓に腫瘍ができると、腫瘍そのものが血流を邪魔したり、心臓の周りに血(心嚢水)が溜まって心臓を圧迫したりすることで、さまざまな症状が出ます。
- 一般的な症状: 元気がない、疲れやすい、不整脈、右心不全(お腹に水が溜まるなど)。
- 意外なサイン「嘔吐」: 実は、血管肉腫や心嚢水が溜まった症例では、16〜51%で嘔吐などの胃腸障害が認められます。これは急激に溜まった心嚢水が神経を刺激するためと考えられています。
ポイント: 中高齢のレトリーバー種などで「急に何度も吐く」「なんとなく元気が無い」といった症状が出た場合、胃腸疾患だけでなく心臓のトラブル(心臓血管肉腫や心嚢貯留)が隠れている可能性を考慮する必要があります。
3. 診断の難しさ
確定診断には組織を切り取る「生検」が必要ですが、心臓という血液が豊富な場所から組織を摘出するのは、合併症のリスクが高いため、実際には心エコー検査を中心とした画像診断で暫定的に診断し、治療へ進むことが一般的です。
- 心エコーの精度: 右心房の腫瘍を見つける感度は82%、特異度は99%と非常に高いものの、腫瘍が小さい場合や場所(右心耳など)によっては見つけるのが難しいケースもあります。
- 転移の確認: 心臓に血管肉腫がある場合、約29%で脾臓にも腫瘍を併発しており、他の部位への転移も約42%で認められます。そのため、全身の精密な画像検査が欠かせません。
4. 治療の選択肢と「その後」の経過(予後)
この病気で最も恐ろしいのは、腫瘍からの出血によって心臓が圧迫され、短時間で命を落とす「心タンポナーデ」です。
心タンポナーデになっている場合には、まずは緊急処置(心嚢穿刺による液体の抜去)を行い、状態が落ち着いた後に以下の治療を選択します。
① 積極的治療(手術 + 抗がん剤)
腫瘍が一部に限局しており、転移がない場合は手術を検討します。
- 生存期間の中央値(MST):約175〜189日
- 外科切除のみでは再発が早いため、術後の化学療法(ドキソルビシンなど)を組み合わせるのが現在の標準的な治療です。
② 化学療法のみ
手術が難しい場合、抗がん剤治療を選択します。
- 生存期間の中央値(MST):約116〜139日
- ドキソルビシン単剤でも、約4割のワンちゃんで腫瘍の縮小などの反応が見られます。
③ 緩和ケア(対症療法)
心嚢穿刺などで苦痛を和らげることを優先する場合。
- 生存期間の中央値(MST):約12〜27日
- 残念ながら、緩和ケアのみでは数週間という非常に厳しい経過になることが多いのが現実です。
最後に:ご家族へ
心臓血管肉腫は、非常に進行が早く予後が厳しい疾患です。しかし、早期に発見し、適切な集学的治療(手術や化学療法)を組み合わせることで、ワンちゃんとの穏やかな時間を延ばせる可能性があります。
「なんとなく元気がない」「急に吐いた」といった、一見すると心臓とは関係なさそうなサインを見逃さないことが大切です。気になることがあれば、早めにご相談ください。
また、ここに記載した以外にも、インターフェロンγでの治療、漢方薬(ユンナンバイヤオという製品)、新たな化学療法の組み合わせなどが報告されています。
心臓という大事な場所にできる厄介な腫瘍ですが、今後どんどん研究がすすみ、元気で過ごせる期間が伸びてくれることを期待しています。
当院では腫瘍の診察にも力を入れております。
わんちゃんの皮膚にできものが出来ていたり、他の病院での治療や診断に対して意見を聞きたいということも幅広く相談を承っております。


